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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)8126号 判決

主文

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「1、被告は原告に対し金一、四七四、三六九円およびこれに対する昭和三九年九月八日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。2、訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、昭和三六年八月三〇日午前九時五分頃東京都大田区大森四丁目二八六番地第一京浜国道上において、原告の運転する第二種原動機付自転車(ライラツク号一二五CC。以下「原告車」という。)と訴外石山孝太郎の運転する大型貨物自動車(三菱ふそうシヤシー、車体番号不詳。事故当時横臨第一四〇一号の回送仮ナンバーが付されていた。以下「被告車」という。)とが接触し、よつて原告は治療約六ケ月を要する骨盤骨折、左肘部、左側腹部、左大腿部、各挫創、右拇指挫傷等の傷害を受けた。

二、被告会社は被告車の使用者であつて、右事故は、次のような事情の下に発生したものであるから、被告会社は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条本文に所謂「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当する。

従つて、被告会社は右規定により、原告の受けた後記損害を賠償すべき義務がある。すなわち、

(1)  被告会社(事故当時の商号は、「三菱ふそう自動車株式会社」である。)は、資本経営上同一系列に属する訴外三菱重工業株式会社(事故当時の商号は、「新三菱重工株式会社」である。)が製作する自動車の販売を業とする者である。

(2)  被告会社は、昭和三八年八月中旬頃右訴外会社から工場渡の方法により被告車の引渡を受け、その架装を訴外加藤車体工場に委託した。

前記事故は訴外石山孝太郎が架装の完了した被告車を右工場から被告会社東京支店へ回送すべく運転中生じたものである。

(3)  右石山孝太郎は訴外国際陸送株式会社に雇傭されている運転者であるが、前記のとおり、被告車の運行が被告会社の企業活動の一環として行われている以上、被告会社と石山との間に直接の契約関係がなくとも、右運行は被告会社のためになされたものということができる。けだし、自賠法は、近時における自動車事故がある程度不可避的な害であることに鑑み、自己のために自動車を運行の用に供する者を損害賠償の責任主体としたのであるが、それは、かかる者が通常その自動車の運行により有形無形の利益を享受しうる地位にあり、従つて自動車の運行によつて生ずる危険を負担するのが社会観念上からも当然であり、衡平の観念にも合致すると考えられたからにほかならない。かように自賠法第三条は、いわゆる危険責任と報償責任の思想を基礎としているから、自己のためにする運行は、所有者の意思に基づいて、ある目的のために自動車が運転される場合およびそれと関連性をもつ意味において運転される場合は勿論、その他広く抽象的に社会経済上所有者の運転とみられる場合には、すべてこれに含まれるものと解すべきである。被告は、第三条の責任主体は運行の利益の直接帰属者に限られると主張するが、右責任主体を運賃収入の帰属者等に狭く限定して解釈すべき何らの法律上又は合理的な根拠もない。もしそのような解釈が許されるとすれば、被告会社のようにその業態から賠償責任を負担する危険の多い者は無資力の弱小会社に運行を委託することによつて容易に責任を免れ、一方被害者としては、たとえ運行会社に勝訴しても単なる形骸だけの判決を得、何らの満足をも得られないことになろう。かくては自賠法は全くの骨抜きとなり、その立法目的が果されないことは、明らかである。本件は結果においてはまさしくその典型的な一事例であるといわなければならない。

三、原告の受けた損害は、次のとおりである。

(1)  財産的損害

(一)  欠勤によつて受けた収入喪失による損害金二六二、一四二円。

原告は、事故の当時訴外いすず自動車株式会社に溶接工として勤務していたが、この事故のため昭和三六年八月三一日から翌三七年二月末日まで右勤務先を欠勤し、賃料合計金二六二、一四二円の得べかりし利益を喪失し、同額の損害を受けた。すなわち、原告は、その間無欠勤であつたならば勤務先会社の社員給与規則、生産報奨金協定および賞与に関する協定にもとづき、基本給、生産報奨金、時間外手当および賞与合計金四六〇、四二一円を支給された筈であるが、右欠勤によつて現実には金一九八、二七九円しか支給を受けることができず、その差額金二六二、一四二円の減収を来たし、損害を受けた(別紙(甲)給与表参照)。

(二)  労働能力の半減による得べかりし利益の喪失による損害

(イ) 定年五五歳までの損害金二九九、五七一円。

原告は、大正三年一一月二九日生の健康な男子であつたが、この事故のため第一項掲記の傷害を受け、その労働能力は通常人の約二分の一に低下した。

すなわち、原告の骨盤骨折の個所は、左腸骨の上部および恥骨、坐骨の部分であつて骨折転位があつたが原告が受傷後相当期間重篤の状態であつたため整復が遅れ、その間に左腸骨が正前位置より上位の状態で、かつ恥骨、坐骨の部分の骨折転位が整復されないまま骨折部が融合し、これに伴い左下肢筋萎縮が生じた結果、原告は左下肢が二・五糎短縮し、跛行をみるに至り、かつ強い運動が不可能となり、起立姿勢、同一姿勢を持続することおよび蹲踞運動が困難となり、坐つた姿勢でも骨折部分に疼痛を感じる状態となつた。このような障害は将来治癒する見込みがなく、これによつて原告の労働能力は約二分の一に低下し、将来若干変化があるとしても、到底通常人と同程度まで恢復する見込がない。

しかして原告の勤務先会社における定年は五五才であるから、もしこの事故がなかつたならば、五五才までの間熔接工として稼働し、毎年自動昇給とあわせて考課点三点あて加算されて考課昇給し別紙(乙)「昇給表」(A)欄記載のとおりの各基本給の支給を受けられるものと予想される。しかしながら、原告は、前記身体傷害を受けた結果、勤務先会社の好意ある取りはからいによつて、軽度の自動車部品組立作業に従事することができるものの、熔接工として稼働することが不可能となり、かつ労働能力が前記のとおり通常人の約二分の一に低下したことによつて考課昇給の見込みがなく、毎年自動昇給しかできないものと予想される。この結果定年の五五才までの間、逐年前記「昇給表」(B)欄記載のとおりの各基本給の支給を受けるにとどまり、毎月同表(C)欄記載のとおり基本給の減収をきたし、これにともなつて同表(D)、(E)各欄記載のとおり生産報奨金、時間外就業手当の減収をきたし(以下の年間減収額は同表F欄記載のとおり)、毎月同表(G)欄記載のとおり賞与の減収をきたし、昭和三七年四月から同四四年一一月までの間に合計二四九、一〇〇円の得べかりし利益を喪失するものである。これにともなつて、原告の退職手当は金一、七九七、二二二円となり、原告は熔接工として稼動し考課昇給をすることができたならば得べかりし退職手当金一、九六七、五七四円と比較して、金一七〇、三五二円の減収となる。よつて原告は右合計金四一九、四〇〇円の損害を受けるものということができるから、右損害金よりホフマン式計算方法によつて民事法定利率である年五分の割合による中間利息を控除し事故当時の一時払額に換算すると金二九九、五七一円となることが計算上明らかである。

(ロ) 定年退職後六〇才までの損害金四七二、七二七円

原告は定年退職後、他の会社に再就職する等して六〇才までの間熔接工として稼働することができ、その間一ケ月金二八、〇〇〇円を下らない収入を得られた筈であるところ、原告は、その間雑役夫として稼働し一ケ月金一五、〇〇〇円の収入を得られるから、結局原告は熔接工として得べかりし収入と雑役夫としてのそれとの差額月額一三、〇〇〇円の割合により五年分合計金七八〇、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失し、同額の損害を受けるものである。右金額を前記同様の方法によつて事故当時の一時払額に換算すると金四七二、七二七円となることが計算上明らかである。

(2)  精神的損害

原告は、前記傷害によつて、本件事故に遭遇した直後から現在までの間にすでに精神上、肉体上多大な苦痛を受け現に身体障害者として日常生活および勤務先会社における職務遂行上多大の不便、苦痛を受け、将来もこれに堪えなければならない。原告は尋常高等小学校卒業の学歴を有し昭和六年函館市内株式会社大森鉄工所に入社し、以来熔接工の作業に従事し、昭和二三年六月二一日いすず自動車株式会社に入社し、本件事故当時は同会社の社員給与規則の定める一般作業職のうち職務遂行能力区分のL3、の経験年数二九年を有する熟練熔接工として勤務していた。しかも原告は、妻カネ(大正九年二月一五日生)、長女利子(昭和一六年五月二一日生)、長男嵩美(昭和一八年一〇月三〇日生)、次男秀美(昭和二二年四月二日生)、次女敏子(昭和二九年四月五日生)、三女規子(昭和三〇年九月一五日生)の家族を擁して生計を維持しなければならない立場にあり、以上の事実に原告の年令、職業、収入並びに本件事故の状況その他諸般の事情を斟酌すれば、見舞金等の支払の事実を考慮しても、原告に対する慰藉料は、金五〇〇、〇〇〇円を下らないものである。

四、そうすると原告は、前項(1)(一)(二)(イ)(ロ)(2)の合計金一、五三四、四四〇円の損害を受けたところ、右の中加害者側から休業補償費として金六〇、〇〇〇円の支払いを受けたのでこれを前項(1)(一)から控除すれば、残額は金一、四七四、四四〇円となる。よつて原告は、被告に対し右損害金中金一、四七四、三六九円およびこれに対する損害発生後で本件訴状送達の日の翌日である昭和三九年九月八日以降完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と述べた。

立証(省略)

被告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決および相当の担保を供することを条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁として、

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、請求原因第二項のうち、被告会社が被告車を所有していることおよび同項(1)(2)の事実は認めるも、被告会社が自賠法第三条に所謂「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当するとの点は否認する。すなわち

(1)  被告会社は、訴外三菱重工業株式会社川崎自動車製作所において製作された半製品自動車(すなわち、被告車のエンジンおよび車台。以下「シヤーシー車」という。)を同訴外会社から工場渡しで買取り、これを車体架装のため車体製造会社である訴外加藤車体工業株式会社に搬入し、同会社においてトラツクとしての車体を製作架装してもらつたのである。しかして加藤車体工業株式会社は、被告会社との請負契約に基づき右車体を製作架装するのである。

(2)  本件事故は右加藤車体工業株式会社が車体架装を完了した被告車を被告会社東京支店へ引渡すべく、訴外会社の費用負担で運送事業者である訴外国際陸送株式会社に陸送させていた途中において生じたものである。

(3)  しかして加藤車体工業株式会社は、被告会社のための車体架装のみならず、他の大手自動車販売業者のためにも車体架装を請負つているところの独立の会社であり、訴外国際陸送は、専ら右加藤車体工業のために陸送業務を行つている会社であつて、被告会社と右加藤車体工業とは対立当事者としての請負契約関係にあるほか、何ら支配関係はなく、まして訴外国際陸送とは何の関係もないのである。

(4)  思うに、自賠法第三条の「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは自動車の運行支配権が自己に帰属する者を指称するところ、前記のような事実関係においては、右要件を充足していないこと明らかである。

三、請求原因第三項の事実は、不知。

四、請求原因第四項のうち、原告が金六〇、〇〇〇円を受領していることは認めるも、その余は否認する。

と述べた。

立証(省略)

理由

一、請求原因第一項(事故の発生と原告の受傷)の事実は、当事者間に争いがない。

二、原告は、被告会社が本件事故について自賠法第三条に所謂「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当する旨主張し被告はこれを抗争するので判断する。

(1)  成立に争いのない乙第一号証と証人大串卓三、同若林英男の各証言と当事者間に争いのない事実を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被告会社は、本件事故当時三菱ふそう自動車株式会社の商号で主として大型貨物自動車および大型乗合自動車の販売を行つていた。

(二)  右販売は、次のような方法により行われていた。すなわち、通常の場合は、被告会社が得意先の販売店から注文を受けると被告会社と資本経営上同一系列の会社で、シヤーシー車を製造している訴外三菱重工業株式会社川崎工場にシヤーシー車を注文し、その際販売店から指定のあつた車体架装工場に右シヤーシー車を搬入するよう依頼する。右川崎工場から指定架装工場までの搬入は、被告会社の指令に基づき、被告会社専属の訴外ふそう陸送株式会社が行なうのであるが、その運送費用は、販売店が負担することになつていた。被告会社が売主として販売店のためになすべき仕事は、そこまでであり、販売店から特別の依頼がないかぎり、売主としての義務は、そこで終了する。架装の完了した自動車を車体架装工場から販売店まで陸送する仕事は、車体架装工場と販売店との取りきめによつて定まり、被告会社は関与しない。そして右陸送は、販売店が自己の費用で行なうのが建前になつているが、実際は、車体架装工場が顧客サービスとしてその費用を負担し、販売店まで陸送するのが通常である。

(三)  本件事故の場合は、被告会社東京支店が右川崎工場で製作されたシヤーシー車の架装を訴外加藤車体工業株式会社に請負わせ、同会社は、架装の完了した被告車を右東京支店へ陸送すべく、かねてより専属的運送契約を締結していた運送会社の訴外国際陸送株式会社と被告車の運送契約を結び、同会社に被告車の陸送を依頼したのである。しかして訴外加藤車体工業株式会社は、被告会社とは同一系列に属しない全然別個の会社であつて、事故当時は被告会社のほか日野自動車株式会社等の注文を受けて自動車の架装を請負つており、本件事故の際は、顧客サービスとして被告車の陸送費用を自己において負担し、訴外国際陸送株式会社をして陸送せしめたのである。ところが訴外陸送株式会社の運転者である訴外石山孝太郎は、被告車を陸送する途中、本件事故を惹起せしめた。そして、被告会社は単に被告車の受取人にすぎず、右陸送について事実上の影響を与えうる地位になかつた。

右認定に反する証拠はない。

(2)  右認定事実に徴すれば、被告会社は、自賠法第三条に所謂「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当しないものといわなければならない。その理由は、次のとおりである。

(イ)  自賠法第三条に所謂「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは、いかなる者を指称するのかは、同法がこの点について何ら定義を設けていないため、法律上は必ずしも明らかでない。しかし、元来、自賠法は自動車交通に伴う、なかば不可避的な事故について被害者を保護するため、過失の立証責任を転換していることに鑑みれば、同法が所謂危険責任の思想を基調としていることは、明らかであり、しかも同条が「自己のために」自動車を運行の用に供する車を責任主体としていることに徴すれば、運転者が起した自動車事故につき従前民法第七一五条の規定により責任を負担した「使用者」も、自賠法第三条の責任主体に当然包含されることは疑いなく、同条の文言と相まつて、同法が所謂報償責任の思想をその基調としていることは、疑いのないところである。従つて自賠法第三条の「自己のために自動車を運行の用に供する者」の意義を定めるにあたつては、右の危険責任および報償責任の思想を根幹として、具体的事件毎に、事実的、殊に経済的観点から自動車の運行が誰の支配の下に、また誰の利益において行なわれているかを個別的に判断せざるをえないのであつて、これを抽象的、一般的に決定することはできない。従つて、一般的には、被告の主張するように、通常運行利益を享受し、かつ自動車に対する運行支配を有している者が「自己のために自動車の用に供する者」であると解されるが、この運行利益および運行支配の帰属という概念自体も実は甚だ抽象的であつて、具体的にいかなる事実関係があれば、右要件を充足するのかが判明しないばかりでなく、具体的事件において右要件を完全に充足しなくても運行費用を負担しているとか、責任保険契約を締結しているとかといつた他のもろもろの事情とあいまつて、自賠法第三条の責任を肯定してよい場合が当然に予想されるのである。要するに、運行利益、運行支配の帰属は、自賠法第三条の責任主体を決定する場合の、大きなメルクマールにはなるが、他のもろもろの事情とともに一つの徴憑事実になるにすぎず、これのみが唯一の判断基準になるものではない。

(ロ)  しかして本件の場合、被告会社は被告車の所有者であるが(この事実は当事者間に争いがない)、このこと自体は自賠法第三条の責任主体を決定する場合の、一つの徴憑事実にはなりうるが、決定的基準となるものではないことは、右に述べたところから明らかであろう。殊に本件事故は、前記認定のように、訴外加藤車体工業株式会社が架装の完了した被告車を被告会社東京支店へ陸送するために運送会社である訴外国際陸送株式会社との間で被告車の運送契約を締結し、右国際陸送がその被用運転者である訴外石山孝太郎をして陸送せしめている途中において生じたものであつて、被告会社は、被告車の運送について、軍送費用も負担せず、右運送について何ら事実上の影響を与えうる地位になかつたことが認められる。しかも運送についての利益は、右国際陸送がこれを享受し、被告会社は単に被告車の受取人たる地位に立つにすぎないのであつて、かような事実関係の下においては、たとえ被告会社が被告車の所有者であるとしても、自賠法第三条の責任主体たる地位に立たないことは、明らかというべきである。

三、そうだとすると原告の請求は、他の点について判断するまでもなく、理由がないから、失当として棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

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